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歳時記

合格祈願で受験生が黒山をなす北野天満宮~雷神道真は学問の神となって今も慕われ続ける

2009年 4月20日

 学者や詩人としても非凡な才能をもつ菅原道真は、平安時代に朝廷の要職である右大臣にまで登り詰めた。しかし左大臣藤原時平の謀略により無実の罪で太宰府に左遷され、悲運の死を遂げる。
 以後、京都では天変地異が続く。時平は急死、疫病が流行り、天皇の皇太子が次々と夭折した。しまいには宮廷に落雷があり、死傷者が多数出た。そこで道真の怒りを鎮めようと北野天満宮が創建される。江戸時代になると怨霊としての側面は薄れ、道真は学問の神として広く崇敬を集め、今日に至る。
 天満宮は長い参道を辿ると、文道の大祖風月の本主の額を掲げた、堂々たる風格の楼門が参拝客を迎える。楼門の左手は絵馬所で、夥しい数の合格祈願の絵馬が奉納されている。
 楼門をくぐって奥に進むと、本殿の周りを囲む回廊の入り口に、重要文化財の三光門がそびえ立つ。星・月・太陽の3彫刻が天井にあるのでこの名が付いた。尾長鶏・孔雀・鳳凰など豪華な彫刻が施され、特に中央の冠木の上にある唐獅子の蟇股に目を奪われる。
 その奥に鎮座するのが国宝の社殿。変化に富んだ屋根の造りから八棟造と呼ばれ、桃山時代の建築を特徴づける彫刻や彩色の装飾が随所に用いられ壮麗を極める。
 道真が梅をこよなく愛したこともあって、天満宮には50種約2,000本の梅が植えられている。梅の花が咲き誇るのは2月下旬から3月中旬。今まさに見ごろを迎えようとしている。